現在、米国連邦最高裁判所は、トランプ大統領が国際緊急経済権限法(International Emergency Economic Powers Act。以下「IEEPA」といいます。)に基づき広範な輸入関税を課したことの適法性について審理を行っています。 連邦控訴裁判所を含む下級審は既に、IEEPAは大統領に関税賦課権限を付与していないと判断しており、最高裁での口頭弁論でも、保守派・リベラル派双方の判事から、政権側の法解釈に対する懐疑的な発言が相次ぎました。 最高裁が下級審の判断を支持し、IEEPA関税を違法・無効と判断した場合、関税を実際に支払った企業のみならず、その関税相当額を契約上、サプライチェーンの川下の取引先から回収してきた企業も、法律上・実務上の課題に直面することになります。
最高裁がIEEPA関税を違法と判断した場合、輸入者(importer of record)は直ちに、①複雑かつ厳格な期限に縛られた関税還付プロセスへの対応、②関税の価格転嫁により値上げ負担を負ってきた顧客や取引先との契約・商取引上の調整、③関税・価格転嫁・開示に関連する広範なコンプライアンスリスクとレピュテーションリスクの評価、という三つの課題に直面します。 これらの影響は、企業が関税コストを自社で吸収していたのか、全面的に価格転嫁していたのか、あるいはサプライチェーン全体で分担していたのかによって大きく異なりますが、いずれの場合も、法務・財務・税務・オペレーションといった部門横断的な連携対応が不可欠となります。
自動的でない還付プロセス
仮に最高裁がIEEPA関税を無効と判断しても、それだけで自動的に還付が行われるわけではありません。関税の還付を受けるためには、輸入者が米国税関・国境警備局(U.S. Customs and Border Protection。以下 「CBP」といいます。)の定める手続に基づき主体的に申立てを行う必要があります。 代表的な手段としては、未更正の輸入申告に対する事後修正(post‑summary correction)、既に更正済みの申告に対する異議申立て(protest, 19 U.S.C. §1514)、または連邦国際通商裁判所(U.S. Court of International Trade。以下「CIT」といいます。)における訴訟の提起(28 U.S.C. §1581(i))などが挙げられます。
CITは、関税額が確定する「更正(liquidation)」が行われた後であっても、当該関税が違法である場合にはCITが再更正(reliquidation)と還付を命じる権限を保持していることを明確にしています。 AGS Company Automotive Solutions v. United States事件では、輸入者がCITにおいて訴訟を提起している限り、既に更正済みの輸入申告についても再更正とIEEPA関税の還付を命じ得ると判示されました。 これに加え、米国司法省は、IEEPA関税が違法と判断された場合、CBPはCITによる再更正・還付命令に異議を唱えない旨を複数の事件で明言しており、政府は後にこれと矛盾する主張を行うことができない(judicial estoppelの法理が適用される)と考えられます。 もっとも、一般に、輸入者がこのような救済を確保するためには、28 U.S.C. §1581(i)に基づく2年間の出訴期間内にCITでの権利行使を行う必要があると解されています。
他方、異議申立て等の行政手続のみに依拠して還付を図ろうとする場合には、なお不確実性が残ります。 CITは、IEEPA関税の賦課・徴収は、大統領令に基づきCBPが裁量なく機械的に行う「形式的(ministerial)」な行為であり、CBP自身の判断行為が問題となる典型的な関税紛争とは異なるとの見解を述べています。 そのため、CBPによる何らかの処分を前提とする通常の異議申立て手続は、IEEPA関税の違法性を争う場面に必ずしも適合しない可能性があり、後述するCITにおける「予防的」訴訟を行わない輸入者は、行政上の救済が不十分であるリスクを負うことになります。
ダウンストリーム取引における契約上の問題
関税コストを契約上、顧客に転嫁してきた企業は、さらに複雑な課題に直面することになります。 IEEPA関税導入後に締結・改訂された多くの供給契約や販売契約には、関税増加分を価格に反映させることを認める「関税パススルー条項」が導入されました。関税が後に違法と判断され、還付が行われる場合、誰がその還付金を収受すべきかという問題が生じます。
関税法上、政府に対して還付を請求できるのは、原則として当該関税をCBPに支払った輸入者(importer of record)のみです。 他方、実務上は、契約上、関税負担の経済的リスクがサプライチェーン上の別の当事者(販売代理店、完成品メーカー、小売業者など)に配分されていることも珍しくありません。 例えば、輸入者が関税増分を価格改定やサーチャージとして川下の顧客に全面的に転嫁していた場合、政府から還付を受けると、輸入者は一度も実質的な負担をしていないにもかかわらず還付金を収受することとなり得ます。
このような状況は、unjust enrichmentの法理との関係で問題となる可能性があります。 商取引法の文脈では、実際に経済的負担を負った者が何ら回復を受けない一方で、他の当事者が過大な利益を得る場合、裁判所が救済の範囲を制限・調整することがあり得ます。 悩ましい点は、IEEPA関税の法律上の負担者(CBPに対する支払義務を負う輸入者)と、経済的な負担者(価格上昇により実際にコストを負担した卸売業者、小売業者、最終消費者等)が必ずしも一致しないことです。
また、関連して、輸入者(importer of record)には、CBPに対して還付請求を行う義務があるのか、という論点があります。 すなわち、輸入者が自社では関税負担をしておらず、ほぼ全額を顧客に転嫁していたようなケースにおいて、もっぱら顧客の利益のために訴訟費用やリスクを負担して還付請求を行う必要があるかが問題となり得ます。
還付を受ける権利の契約上の配分
川下の取引当事者間で還付をどのように配分するかは、最終的には契約文言に大きく依存します。 高度に洗練された購買契約においては、将来当該関税が無効と判断され、還付が行われる場合の取扱いについて、事前に条項を設けているケースもあります。 例えば、輸入者に対して還付請求を行う義務と「適切な努力義務」を課すとともに、回収した還付金を負担割合に応じて顧客に再分配することを定める、といった取扱いがあり得ます。
しかし、IEEPA関税導入前後を問わず、多くの契約にはそのような詳細な規定は存在しません。 契約が沈黙している場合、当事者は一般的な契約解釈の原則、取引慣行(course of dealing)、誠実協議義務などに依拠せざるを得ません。 具体的には、当初の「関税パススルー」が一時的なコンプライアンス対応として位置付けられていたのか、それとも恒久的な価格改定として合意されたのか、規制変更をトリガーとする価格調整条項が存在していたか、価格改定後も輸入者に潜在的な還付請求義務が残るとの理解があったか、といった点が争点となり得ます。
明確な契約条項がない場合、当事者間の紛争は、州法に基づく契約紛争や不当利得・信義則違反等の訴訟、または事実上の交渉に委ねられる可能性が高くなります。 ある輸入者は顧客から還付金の分配を求められる一方で、他の輸入者は重要な商取引関係を維持する観点から、自主的に一部還元や将来価格の調整を行うといった対応を選択する、ということがあるかもしれません。 さらに、CBPが自発的に広範な還付スキームを設けない場合、CITでの訴訟コストや係争期間も、輸入者にとって重要な検討要素となります。
消費者法上のリスク
契約上の問題に加え、IEEPA関税に起因する価格上昇であることを公に強調してきた企業は、州法および連邦法上の消費者保護規制との関係でも一定のリスクにさらされる可能性があります。 企業がマーケティング資料、プレスリリース、取引先向けの説明書面等で、「関税の導入によりやむを得ず値上げせざるを得ない」といった説明を行い、その後当該関税が還付されたにもかかわらず、価格を元に戻さず、または何らの還元も行わない場合、不公正または欺瞞的取引行為(unfair or deceptive trade practices)であると主張される余地があります。
特に、請求書やレシート、明細書において「関税サーチャージ」を明示的に分けて表示していた事業者にとっては、リスクが高くなります。 関税コストを透明化すること自体は、通常コンプライアンス上望ましい対応ですが、その結果として、どの価格上昇分がIEEPA関税に起因していたかを示す文書記録が大量に残ることになります。 最高裁判決後、還付を受けたにもかかわらず、対応が不十分とみなされれば、州検事総長や連邦取引委員会(FTC)による調査の対象となり得るため、企業は過去の広報資料や顧客向けコミュニケーションを検証し、潜在的なリスクを評価する必要があります。
もっとも、以上の議論は、輸入者が実際に関税の全部または大部分について還付を受けられることを前提としていますが、実務上は、すべての事案で迅速かつ全額の還付が得られるとは限らない点にも留意が必要です。
出訴期間と時間的プレッシャー
輸入者は、複数の場面で時間との闘いに直面します。 未更正の輸入申告については、更正が行われる前(通常は輸入日から314日以内)に事後修正を行う必要があり、一方、更正済みの申告に対する異議申立ては、更正日から180日以内に行わなければなりません。 さらに、28 U.S.C. §1581(i)に基づくCITでの訴訟については、一般に違法な関税を支払った時点を起算点とする2年間の出訴期間が適用されると解されています。
こうした重複する期限や、行政救済の適切性に関する不透明さを踏まえ、多くの輸入者が将来の還付権を維持するための「予防的訴訟」をCITに提起しています。 2026年初頭の時点で、IEEPA関税の還付を求める訴訟は700件を超えているとされ、CITはこれらの事件を最高裁判決が出るまで一括して停止する行政命令(Administrative Order 25‑02)を発出しています。 もっとも、提訴を行った企業については、当該提訴自体が出訴期間内の権利行使として機能するため、将来の還付スキームが確立した際に救済を受ける前提条件になり得ます。
実務負担と現実的制約
仮に最高裁がIEEPA関税を違法としても、実際の還付プロセスは極めて大規模かつ煩雑になることが見込まれます。 報道等によれば、CBPが2025年8月までに徴収したIEEPA関税収入は約1,300億ドル規模に達しているとされ、この全てについて還付可能性を検討し、必要に応じて再更正・払戻しを行う作業は、CBPおよび輸入者双方にとって多大な事務負担を伴います。
CBPは、2026年2月6日以降、すべての還付を自動振替(Automated Clearing House, ACH)方式で電子的に行う方針を示しており、輸入者は事前に自社の輸入者番号(Importer of Record)ごとに、自動通関システム(Automated Commercial Environment, ACE)上でACH還付の登録を行う必要があります。 司法省も、IEEPA関税の還付処理は「極めてリソース集約的(resource‑intensive)」な作業になるとの見解を示しており、最高裁で輸入者側に有利な判断が出たとしても、実際に資金が戻るまでには相当の時間を要し、数か月から数年単位の遅延も想定すべきであるとされます。
代替的な関税権限と今後の負担
重要な点として、最高裁がIEEPAに基づく関税を違法と判断したとしても、それにより行政権の関税賦課権限が完全に失われるわけではありません。 トランプ大統領は、国際収支の不均衡是正を目的として最大15%の追加関税を認める通商法(Trade Act of 1974 )第122条、不公正貿易慣行への対抗措置を定める同法第301条、安全保障を理由とする関税賦課について定める通商拡大法(Trade Expansion Act of 1962)第232条など、別個の法的根拠に基づき新たな関税措置を導入し得ることを示唆しています。
このため、IEEPA関税の還付を受けた企業であっても、その後別の法的根拠に基づく新たな関税負担に直面する可能性があります。 新たな関税は原則として将来(prospective)に向けてのみ適用されると考えられますが、実務的には、還付により一時的にキャッシュが戻る一方で、その後も継続的なコスト圧力が残りうる点に注意が必要です。 企業としては、最高裁判決の行方だけでなく、米通商代表部(USTR)や商務省による新たな関税調査・発動の動きも継続的にモニターし、サプライチェーンと価格戦略を中長期的な視点で見直すことが求められます。
おわりに
IEEPA関税を違法とする最高裁判決がなされた場合、これは法的に重要な判断となりますが、影響を受ける企業にとって、還付までの道のりが自動的かつ容易なものになるとは限りません。 輸入者は、複雑な行政手続を適切に選択し組み合わせ、厳格な期限管理を行い、ときにはCITでの訴訟も視野に入れて権利を行使する必要があります。 関税コストを顧客に転嫁してきた企業にとっては、契約上の義務、不当利得・消費者保護法上の論点、重要顧客との関係維持といった追加的な考慮要素も無視できません。還付の実現には、裁判所の有利な判断だけでなく、社内外のステークホルダーとの協調、精緻なドキュメンテーション、そして場合によってはサプライチェーン全体を巻き込んだ調整が不可欠となるでしょう。
佐藤嵩一郎弁護士は、当事務所の訴訟・紛争解決プラクティスおよび商取引・競争・貿易プラクティスに所属しており、本件に関するご質問に日本語・英語のいずれでも対応いたします。 ksato@masudafunai.com までご連絡ください。
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