マレリホールディングス株式会社とその一部子会社は、2025年6月11日、米国デラウェア州連邦倒産裁判所に連邦破産法第11条(以下「チャプター11」といいます。)に基づく手続の開始を申し立てました。同社の負債総額はグループ全体で約49億ドルと公表されており、その大半が金融債務とみられます。
2. 過去の経緯-事業再生ADRと民事再生
マレリは、日産自動車の子会社であった旧カルソニックカンセイとイタリアの旧マニエッティマレリが統合され、2019年5月に発足した自動車部品メーカーです。統合以後財務状況が悪化した同社は、日本の製造業としては過去最大規模となる約1兆1000億円の債務を抱え、事業再生ADR制度の利用を申請しました。事業再生ADRでは、親会社であるプライベート・エクイティ・ファンドのKKRをスポンサーに選定し、約4500億円の債権放棄を金融機関に求める再建案が提示されました。
事業再生ADRは、裁判所が関与せず、第三者機関が選んだ弁護士や公認会計士が企業と債権者間の調整を行う日本の準則型私的整理手続の一つです。事業再生ADRの大きな特徴は、基本的に金融機関の債権すなわち金融負債のみが整理の対象となり、商取引債権は整理対象に含まれない点です。事業再生ADR手続の目的は、事業価値の著しい毀損によって再建に支障が生じないよう会社更生法や民事再生法などの法的手続によらずに、債権者と債務者の合意に基づき、債務 ( 主として金融債務 ) について、猶予・減免等をすることにより、経営困難な状況にある企業を再建することです[3]。
事業再生ADRでは再建計画に対する全ての債権者の同意が成立条件となっているところ、マレリの場合、対象債権者である金融機関が20以上にのぼる中で、一部の(日本からみた)外国金融機関が同意しなかったため、事業再生ADRは成立しませんでした。そのため、マレリは2022年7月、東京地方裁判所に簡易再生手続の開始を申し立てました。なお、事業再生ADRにおける債権者会議では、総債権の95%以上の債権を有する債権者の同意が得られていたとされます。
簡易再生手続は、日本の民事再生法に基づく民事再生手続の特則であり、通常の裁判所主導のプロセスよりも迅速な再建を可能にする手続きです。
簡易再生も民事再生である以上、私的整理である事業再生ADRと異なり、商取引債権者の債権も対象となるのが原則ですが、「民事再生法上の少額債権弁済許可(民事再生法85条5項)を得たうえで、弁済期が到来した商取引債権については通常どおり支払を続けるとともに、商取引債権者は100%保護すること(債権カットの対象としないこと)を定めた再生計画案を早期に提出し、また、商取引債権は完全に保護されることを
商取引債権者に説明することで」[4]再生手続の商取引債権者との取引への影響の最小化が図られました。なお、後述の通り、民事再生を申し立てたのは持株会社であるマレリホールディングス株式会社のみであったため、もともと民事再生手続の対象となる商取引債権は多くない状況でした。
簡易再生手続における再生計画案が認可されるには、債権額でみて、総債権額の少なくとも5分の3を有する債権者の承認が必要です。上記のとおり、ほとんどの金融機関は事業再生ADRにおける再建計画に同意していたため、2022年8月にはマレリの再生計画は認可されました。
しかし、簡易再生手続後も約6,500億円の債務が残り、資金繰りが安定しなかったことから、今回のチャプター11申立てに至りました。
今回のチャプター11申立てと過去の事業再生ADR及び民事再生の重要な相違点として、申立主体が挙げられます。事業再生ADRでは、申立債務者は持株会社であるマレリホールディングス株式会社、旧カルソニックカンセイであるマレリ株式会社その他グループ会社3社の計5社であり、民事再生ではマレリホールディングス株式会社のみでした。これに対し、今回のチャプター11申立てではマレリホールディングス株式会社を含む合計76社が申立主体となっています。
3. 本件チャプター11手続きにおける商取引債権者の保護
チャプター11では、商取引債権者に対して複数の保護措置が設けられています。まず、チャプター11申立「後」に発生した債権は、通常、管理費用請求(administrative claim)の地位を得るため、チャプター11申立前に発生した債務の支払いが保留されている間も支払いを受けることができます。
申立「前」に生じた商取引債権についても、再建計画による処理を待たずに、通常どおり支払われる場合があります。この点、特に重要なのは「クリティカルベンダー」の概念です。クリティカルベンダーとは、債務者の事業にとって非常に重要であり、その取引関係が解消されるとチャプター11での再建が不可能になるような債権者を指します。債務者または管財人は、特定の商取引債権者の提供する商品やサービスが再建に不可欠であると判断した場合、破産裁判所に申立前および申立後のいずれに発生した債務についても「管理費用」として支払うことについて承認を求めることができます。
少なくとも本稿執筆時点では、どの商取引債権者がクリティカルベンダーとして指定されているかは不明です。他方、マレリは2025年6月11日付けでCritical Vendor Motionを裁判所に申し立てており、同申立書によれば、クリティカルベンダーに対して合計約1億1,000万ドルの支払いを暫定的に認めることを求めており、マレリは以下の要素を考慮してクリティカルベンダーを指定するものとされます。
- 代替供給者がいない、または代替が困難であること
- 供給量や品質の面で重要なベンダーであること
- 規制や契約上の制約により代替が制限されていること
- 代替にかかるコストや時間が事業に大きな支障をもたらすこと
- 支払いを怠ると、申立後の取引停止のリスクが高いこと
また、チャプター11では、連邦破産法第546条(c)に基づき、州法の下での商品返還請求権(reclamation right)が保護されています。これにより、商品供給者は申立日前の一定期間内に提供された商品について、識別可能な商品の返還を請求することができます。
帝国データバンクの報じるところによれば、マレリは、「チャプター11申請後も、サプライヤーに対する商品およびサービスの提供に対する支払い義務を慣例的な条件に従って履行するなど、主要な利害関係者に対する義務を引き続き履行する予定です」[5]と表明しています。
上記のような特別規定による保護を受けない申立前に発生した債権を有する商取引債権者は、債務者による随時の弁済を受けることはできず、再建計画による処理を待つことになります。商取引債権者は通常は無担保債権者となり、他の無担保債権者と同様の扱いを受けることが多いといえます。本件でマレリが作成する再建計画において商取引債権者がどのように取り扱われることになるかは、現時点では不明です。
今回のチャプター11申立てが事業継続を目的としているようであることや、前述の過去の経緯に鑑みると、事業子会社の多くが申立主体になっていることを踏まえても、商取引債権者に対する影響は金融機関よりも小さくなる可能性が比較的高いように思われます。
マレリグループとの取引を有する商取引債権者は、本件チャプター11申立前に発生した対象債務者に対する債権を把握し、債権届出の準備を行いつつ、当該債権がadministrative claim等として随時に支払われるものであるかを確認するとともに、申立て後の同社との取引について検討を行うことが推奨されます。
本稿についてのご質問は、佐藤嵩一郎弁護士(ksato@masudafunai.com)までお寄せください。
RSAは、チャプター11破産手続きに通常伴う不確実性、コストおよび期間を削減することを主な目的としています。債権者を再建計画支持に拘束することで、債務者は提案された計画が倒産手続内で承認される確実性を高め、もって効率的かつ合理化されたリストラクチャリングプロセスが可能となります。