米国最高裁判所(以下「最高裁」といいます。)は、先般、Romag Fasteners, Inc. v. Fossil, Inc., et al.事件(以下「本件」といいます。)において、商標権侵害訴訟の原告は、ランハム法(連邦商標法)第35条に基づき侵害者が得た利益の回収の請求を認める前提要件として、侵害者による故意の侵害(willful infringement)を原告が証明する必要はないという全員一致の判決を下しました。本件は、連邦巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the Federal Circuit)から最高裁に裁量上訴(writ of certiorari)訳注1されたものです。この最高裁判決は、複数の連邦控訴裁判所間に長年存在した判断の相違を解決するものです。
ランハム法第35(a)条(合衆国法典第15編1117(a)条)により、原告は「(1)被告の得た利益、(2)原告が被った損害および(3)訴訟関連費用を回収する」ことができますが、かかる回収は、いくつかの法律上の規定と「衡平法の原則(the principles of equity)」による制限を受けます。過去数十年間、複数の連邦控訴裁判所の間では、第35(a)条に基づき原告が被告の得た利益の回収を請求するための要件に関して判断が分かれていました。(第2、6、8、9、10巡回区、D.C.巡回区控訴裁判所および連邦巡回区控訴裁判所を含む)いくつかの連邦控訴裁判所は、第35(a)条に基づき原告が被告の得た利益を回収する適格を有するためには、被告の侵害が故意であることを証明することがランハム法上必要であると解釈していました。一方、(第1、3、4、5、7巡回区控訴裁判所を含む)他の連邦控訴裁判所は、侵害に関する故意性(willfulness)は原告が被告の得た利益を回収するための要件ではなく、原告による利益の回収が適切であるか否かを判断するための(複数の要素の中の)重要な要素であるとの立場をとっていました。
本件の背景は次のとおりです。皮革製品に取り付けるマグネット・スナップボタンの販売者である申立人Romag Fasteners, Inc. (「Romag」)は、商標権侵害を理由に、服飾品製造業者の被申立人Fossil, Inc. (「Fossil」)に対し訴訟を提起しました。RomagとFossilは、以前に供給契約を締結しており、同契約により、Fossilのサプライヤーは、当該サプライヤーが製造するFossil製品に使用するスナップボタンをRomagから購入することとされていました。その後、Romagは、Romagの商標を表示する模倣品のスナップボタンを使って製造されたFossil製品が米国内で販売されているのを発見しました。Romagは、特許権と商標権の侵害を理由にFossilに対し訴訟を提起しました。
陪審審理において、陪審は、Fossilが「故意(willfulness)」は有さなかったものの「無神経な軽視(callous disregard)」をもってRomagの商標権を取り扱ったと結論付け、同社がRomagの特許権と商標権の侵害について責任を負うと判断し、Fossilの不当利得(unjust enrichment)を防ぐための利益90,000ドルおよびFossilによる将来の商標侵害を抑止するための利益6,700,000ドル超のRomagによる回収を認めました。しかし、地方裁判所は、原告に対する利益の返還を命じるには侵害の故意性(willfulness)が必要であるとして、陪審の決定を否認しました。連邦巡回区控訴裁判所は、控訴審において当該下級審判決を支持しました。
最高裁は、かかる連邦巡回区控訴裁判所の判決を破棄し、それをするにあたり、連邦巡回控訴裁判間の判断の相違を解消しました。最高裁は、具体的に、利益の回収を認めるにあたり主観的要件 (または精神状態)は要件ではないと判示しました。最高裁は、第1117(a)条(ランハム法第35(a)条)の文言に依拠し、同条項の文言から、故意(willfulness)が必須要件であることは読みとれないと判断しました。最高裁は、まず、同条項が「衡平法の原則(the principles of equity)」の基準を使用していることが「FossilとFossilが依拠する連邦控訴裁判所の前例に問題をもたらす」とし、その理由として、ランハム法に定められる他の救済措置と責任に関する条項には主観的要件に関する基準が含まれているにも関わらず1117(a)条にはかかる基準が含まれていないことを挙げました。加えて、最高裁は、「衡平法の原則(the principles of equity)」の基準には、商標権侵害事件で(侵害者の)利益の回収を認めるにあたり侵害が故意によるものであったことを要件とする衡平法を適用する裁判所(equity courts)の長年の慣例が組み込まれていると解釈されるべきというFossilの主張を退けました。ただし、最高裁は、利益の回収を認めるにあたり故意性(willfulness)は要件ではないものの、侵害者が得た利益を吐き出させること(disgorgement)が適切であるか否かを判断する際に、「重要」または「高度に重要」な考慮事項であると指摘しました。
以上のとおり、最高裁は、ランハム法第35(a)条は、故意性が侵害者の得た利益の回収を認めるための要件であることを定めていないと判示することで、長年にわたり連邦控訴裁判所間に存在していた判断の相違を解決しました。かかる利益の回収を認めるか否かの判断において、故意性は、他の要素と並ぶ「考慮要素」となったものの、依然として「重要」または「高度に重要」な考慮要素です。
本件における最高裁の判決は、(特に第2、6、8、9、10巡回区、D.C.巡回区控訴裁判所および連邦巡回区控訴裁判所で権利を行使しようとする)商標権者にとって歓迎すべきニュースですが、最高裁が故意性を「高度に重要な考慮要素」と認識している点に照らすと、本件判決が、将来の事件において、侵害者の得た利益の回収にどのような実務上の影響を与えるかは未だ明らかでありません。
訳注1 certiorari 裁量上訴(受理令状)、上訴を受理するか否かが、上訴を受ける裁判所の完全な裁量にかかる場合をいう。 出典:(編集代表)田中英夫.「英米法辞典」.東京大学出版会,1991年,1025p
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