Skip to Main Content
ニュース&イベント: クライアント・アドバイザリー

パンデミックの影響を受けた市場におけるM&Aの条件

6.12.20

概要
 

新型コロナウイルス感染(「COVID-19」)の拡大により、世界経済は深刻な影響を受け、かかる影響は長期化する可能性があります。世界中のほとんどの国で、ロックダウン(都市封鎖)・外出自粛要請・外出禁止令など何らかの措置が取られ、個人消費が急激に落ち込んでいます。サプライチェーンの問題、需要の低迷、大量のレイオフ(一時解雇)や一時的無給休暇(furloughs)などの事業上の混乱により、多数の業界が深刻な状況に陥っています。また、COVID-19により進行中であった多数のM&A案件が保留となり、今後の取引を推し進めようとする企業の意向に歯止めがかかっています。買収を検討していた中小規模の企業の多くは、キャッシュフローの健全性の維持に注力し、買収計画の実施のために必要なリソースが不足することから、現在の景気後退により買主の数が減少することでしょう。しかし、キャッシュリッチな買主やファイナンシングが可能な大手買主は、景気後退によりもたされるバリュエーション(企業価値)の低下をうまく利用し、より積極的にM&Aに従事すると思われます。パンデミックの影響で買主が減少し、長期間売主に有利であったM&Aマーケットが、多少なりとも買主に有利な市場へと転換する可能性があると推測されます。その結果、キャッシュリッチな買主が、買主にとって以前よりも有利なM&A条件を売主に要求してくることでしょう。COVID-19の影響下にある市場において、買主と売主が今後検討すべき主要事項をいくつか挙げてみたいと思います。

企業価値評価(valuation)および買収価格調整

COVID-19の拡大による経済的打撃は、過去の業績に基づいた企業価値評価を減少させることでしょう。M&A市場に参入できる買主が少なくなれば、企業価値評価がさらに下がる可能性があります。金融市場およびM&A市場における突然の変化によって、対象企業の価値評価について意見の相違が多々生じるようになり、その結果、アーンアウト(earn-out) 条項が加えられる頻度が増すことになるでしょう。しかし、アーンアウト条項が加えられることで、クロージング後に紛争が生じる可能性が高くなるため、アーンアウト条項を設ける際は注意が必要です。また、買主が、買収価格調整のエスクロー金額を増やし、収益または利益などのワーキングキャピタル(最も一般的な調整指標)以外の要素に基づいた買収価格調整も要求してくることが予測されます。

重大な悪影響(MAE)および買主の契約解除権

一般的に買収契約書に含められる「重大な悪影響(Material Adverse Effect)」(「MAE」)の定義規定にも影響が生じる可能性があります。買収契約書では、MAE条項は特定の表明保証を限定する際に多く使用されます(たとえば、表明保証違反がMAEを発生させる可能性が低い場合、表明保証の違反はないという限定方法)。また、多くの買収契約書では、買主がクロージングを実施する前提として、対象企業にMAEが発生していないことを条件づけています。かかるMAE条項は、様々なリスクを当事者間で配分する重要な手段です。通例のMAE定義規定は、売主の支配が及ばない特定の事由をMAEの定義から除外することで、売主のシステミックリスクを買主に課します。多くの場合、かかる事由として、一般的な経済・政治状況、金融市場や証券市場の全体的な変化、またや戦争やテロ等の発生が含まれます。また、通例のMAE定義規定では、このような除外事由が、他の該当企業(対象企業が携わる業界で業務運営する他の事業体など)に比べて対象企業に不均衡な影響を及ぼす限りにおいては、かかる除外事由に対する例外規定が設けられます。

判例上、MAE条項を適用して買収契約を解除するのは難しく、MAE条項を適用し買収契約を解除しようとする場合には、訴訟を招く可能性が非常に高まります。デラウェア州法(米国会社法では代表的な州法)の下で、買主がMAEの発生を主張して、契約解除が認められた判例はこれまでに1件しかありません (Akorn 対 Fresenius Kabi AG1) 。2008年の金融危機においても、MAEを事由として契約解除を認める判決を下したデラウェア州の判例は存在しません。ただし、一般的には、MAEを事由とする契約解除に関する紛争の大半は和解により解決していると認識されています。Akorn判決で、裁判所は、MAEを証明するには「対象企業の潜在的利益全体が極めて長期的に著しく脅かされる」ことが必要だと再度強調しました。MAEの認定基準が非常に高いことは過去の判例からも証明されています。2 デラウェア州裁判所がMAEの存在との関連性においてCOVID-19の拡大をどのように分析するかは現時点では定かではありませんが、今後の議論の展開が待たれます。

COVID-19の感染拡大前の売主にとって有利な市場では、買収契約書に含まれるMAEの一般的な定義は「対象企業の事業、業績、財務状況、または資産に重大な悪影響を及ぼす事由や出来事」でした。これまでは、買主がMAEの定義を、対象企業に関する「将来予測」において重大な悪影響がある場合にMAEが発生したという内容に拡大しようしても、それが将来を予想した性質であったために認められることはまれでした。しかし、M&A市場が買主にとって有利になることで、MAEの定義に「将来予測」という文言を含めようとする買主が増える可能性があります。「将来予測」という文言を含めることにより、買主は一定の事由、状況または変化についてMAEが発生したと主張しやすくなります。また、COVID-19が拡大したために、売主がMAEの例外として「パンデミック」(または具体的に「COVID-19」)という文言をMAEの定義に含めようとする可能性もあります。少なくともCOVID-19の拡大が終息する時期について合理的な見通しが立つまでは、交渉力が強い買主はかかる例外条項を含めることに合意しないかもしれません。最後に、両当事者がMAEが発生したとみなすための客観的な指標(対象企業の利益が特定範囲で減少するなど)に合意する場合、MAEが発生したと認める可能性が高くなることが判例により示されています。買収契約書の署名時にMAEが発生したとみなすための客観的な指標(特に財務基準値)について合意するのは難しいため、通常、かかる指標は含まれていませんでした。しかし、市場が買主にとって有利な市場へと変化していくなかで、この慣習が変わる可能性があります。また、MAEの定義には含めずに、買主の契約解除権を行使する条件として、上述の客観的な指標を契約書に含めるといった選択肢もあります。かかる指標としては(対象企業の事業に1関連して)次のいずれかが発生した場合に、買主が取引を解除する権利を有すると定めることができます。

  • 利益/収益の減少が一定の基準値(%)を超える
  • 主要なサプライチェーンに問題が発生する
  • 注文または「主要顧客」の喪失
  • 特定の重要な契約の解除
  • 主要人員の退職(辞職)
  • 一定の基準値(%)を超える人員削減
  • 政府機関の発令による事業閉鎖(運営停止)

前述の解除権は買主に有利な条件ですから、売主は容易には合意せず反対することでしょう。しかし、M&A市場の状況よっては、かかる条件の交渉結果が変わることも考えられます。

COVID-19関連の表明保証

COVID-19によるビジネスへの影響が不透明な状況が続く限り、買主は、契約書にパンデミックに起因した表明保証を含めることで、COVID-19に関するリスクを売主に課そうとすることが予測されます。買主は、売主に対して、対象企業の重要な顧客やサプライヤーの事業運営を制限する政府機関の発令などがないことを表明し保証するよう要求してくる可能性があります。さらに、買収契約書に重要な顧客やサプライヤーとの関係の持続性に関する基本的な表明保証条項を含めることは一般的でしたが、買主は、それ以外に対象企業のサプライチェーン(重要なサプライヤーだけではなく)も含む広範囲な表明保証条項を加える可能性があります。たとえば、「サプライチェーン内の重要なサプライヤーまたはベンダー」による納品遅延、不可抗力の宣言もしくは不履行がなく、またはパンデミックに関連してこれらサプライヤーもしくはベンダーが政府機関から営業停止命令を受けていないという内容の表明保証を、買主が要求してくる可能性があります。また、特定のCOVID-19関連規制の遵守に関する売主の表明保証を要求してくる可能性もあります。事業中断保険(business interruption insurance)、事業の継続性または緊急事態への準備に関する表明保証も一般的に要求されるようになるかもしれません。

暫定的な運営上のコベナンツ(誓約)

経済状況の変化を踏まえ、両当事者は、買収契約書の締結(署名)からクロージングまでの期間の業務要件(およびクロージング条件)として一般的に使用される「通常の業務(ordinary course of business)」という文言を再検討すべきです。かかる文言の解釈は通常狭く、厳密に解釈されるため、現在のようなパンデミックの影響下では、ほぼすべての業務運営が実質的に「通常」どおり行われているとは言えません。売主は、COVID-19状況下で便宜を図った特定の運営方法をかかる通常業務の概念から除外しようとするかもしれませんが、買主はそれに異議を示すでしょう。また、現在の事業環境では、一般的に含まれる要求事項である対象企業が様々な誓約条項を遵守するために行う「商取引上の合理的な」努力について、COVID-19危機下においてどの程度の努力でかかる基準が満たされるのかを判断することが、両当事者(および後に裁判所)には求められるでしょう。さらに、契約当事者は、COVID-19関連の問題に関しては両当事者が互いの協力を求めるという内容の暫定的なコベナンツ条項を盛り込むことも検討すべきです。

規制当局の承認

現在の状況では、多くの政府機関の職員の人数が限られていることや、他の優先業務があり得るため、必要な規制当局の承認(合併事前届出(HSR filing)、対米外国投資委員会への届出(CFIUS declaration or notice)に関する承認など)の取得に時間を要することが予測されます。これに関連して、売主はいわゆる「最終期日(drop dead date)」(最終期日までに取引のクロージングが完了しなかった場合、買主は取引を解除できる)の延長を強く求めるかもしれません。あるいは、クロージング日の延期が協議される場合もあるでしょう。規制当局の承認によりクロージングが大幅に遅れる場合、買主が契約解除を望む可能性が高くなります。

表明保証保険

COVID-19の拡大前は、表明保証保険が取引金額の低い取引も含め幅広い取引で表明保証違反リスク管理に使用されていました。しかし、表明保証保険を提供する保険会社は、補償条件または範囲を調整し、現在のパンデミックに起因する一定の事項を除外することが予測されます。その結果、市場参加者の間で表明保証保険の価値に対する認識が変わってゆく可能性があります。本分野は今後も進展し続けるでしょうから、当事務所ではその状況を注視してまいります。

その他の条項

市場では、他にも買主に有利な条件が増えていくと思われます。たとえば、(a)(株式譲渡ではなく)資産譲渡による取引が増える、(b)(契約の準拠法がサンドバッギングを支持していたとしても)プロサンドバッギング条項を含める、(c)対象企業の最終株主からの保証を求める、(d)広範な売主補償条項またはdouble materiality scrape条項(重要性の限定の無視)が求められることなどが挙げられます。さらに、買主が売主の表明保証について長期の存続期間を要求したり、補償エスクローの金額を引き上げたりすることも考えられます。売主が提供する補償内容について、買主が補償額の上限を引き上げたり、バスケット(basket)やディダクダブル(deductible)を引き下げたりすることも予測されます。

当然ながら、COVID-19が取引の当事者に与える影響は各取引および各対象企業の事業運営によって異なります。しかしM&A市場において、これまで一般的とみなされていた取引条件や条項に今後変化が生じてくると思われます。COVID-19の影響下のM&Aでは、論点になる可能性が高い特定の問題や取引条件があります。 取引当事者はこれらの問題点を注意深く検討し、解決策を講じるべきでしょう。


1 Akorn, Inc. v. Fresenius Kabi AG, 2018 WL 4719347 (Del. Ch. Oct. 1, 2018), aff’d, 2018 WL 6427137 (Del. Dec. 7, 2018)

2 In re IBP, Inc. S'holders Litig., 789 A.2d 14 (Del. Ch. 2001) (1四半期における大幅な収益減(64%)は、継続的重要性を欠くために重大とはいえないと判示された事件)、Hexion Specialty Chems., Inc. v. Huntsman Corp.、965 A.2d 715 (Del. Ch. 2008) (2007年のEBITDAが前年比3%減で、翌年のEBITDA予測が7%(保守的な予測では11%)減ではMAEを生じさせないと判示された事件)等参照。

© 2024 Masuda, Funai, Eifert & Mitchell, Ltd. All rights reserved. 本書は、特定の事実や状況に関する法務アドバイスまたは法的見解に代わるものではありません。本書に含まれる内容は、情報の提供を目的としたものです。かかる情報を利用なさる場合は、弁護士にご相談の上、アドバイスに従ってください。本書は、広告物とみなされることもあります。