概要
・2023年6月29日、従業員が雇用主に対して行う宗教上の理由に基づく配慮(accommodation)(以下、「宗教的配慮」といいます。)の要請について、連邦最高裁判所は、雇用主が、かかる配慮を行うことで雇用主に過度の負担(undue hardship)が生じるため承諾できないと主張する場合、雇用主は、かかる配慮によりその事業に相当の負担が生じることを証明する必要があると全員一致で判示しました。
・Groff対DeJoy事件(Groff v. DeJoy)(以下、「本事件」といいます。)で米連邦最高裁が下した判決により、1964年公民権法第VII編(「タイトルVII」)に基づき、雇用主は、宗教的配慮の要請を合法的に拒否するためには、一層高い基準を満たさなければならないことが明確になりました。
・本事件の判決により、これまで防御上使われてきた過度の負担という言葉の解釈、あるいは「雇用主は、最小限度を超える費用を証明するだけで、宗教的配慮の要請を合法的に拒否できる」という解釈が事実上否定されました。
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先例
裁判所は、50年近くにわたり、Trans World Airlines Inc.対Hardison事件(432U.S. 63(1977))の判例による基準に基づいて、宗教的配慮の要請について分析してきました。
本Hardison事件では、雇用主が従業員に対して宗教的配慮を提供することで、その事業に「最小限度(de minimis)」を超える負担がもたらされる場合には、雇用主にとって「過度の負担」が生じるという判断が下されました。それ以来、多くの雇用主は、本Hardison事件に依拠し、職場で最低限度の宗教的配慮のみを提供することを決定してきました。
背景と決定
福音派キリスト教徒でアメリカ合衆国郵便公社(「USPS」)の従業員であるGerald Groff氏(「Groff」)は、自身の宗派の安息日である日曜日に配達業務を行うことを拒否しました。
Groffが当初2012年にUSPSに採用されたとき、日曜日の勤務は雇用条件ではありませんでした。しかし、2013年に雇用条件が変更され、日曜日が配達日として追加されました。Groffは、宗教的信条を理由に、同僚に日曜日のシフトを代わってもらうように要請しました。
USPSは、Groffの要請を一時的に受け入れたものの、やがてかかる配慮を撤回し、Groffが日曜日に勤務しないために、同僚らのシフトが追加され、過剰な郵便物を処理せざるを得なくなった同僚らに過度の負担が強いられたと主張しました。Groffは、日曜日の勤務を拒み続けました。その結果、Groffは懲戒処分を受け、後に退職しましたが、最終的には、USPSが自分の宗教的信条を理由とする配慮を怠ったとして、タイトルVIIに基づきUSPSを訴えました。
地方裁判所はUSPSに有利なサマリー・ジャッジメント(簡易な手続による判決)(summary judgment)を下しました。第3巡回区控訴裁判所も下級審の判決を支持し、Hardison事件の文言に基づき、従業員の宗教的慣習を配慮するために雇用主に「最小限度のコストを超える」負担を課すことは「過度の負担」であると判示しました。しかし、連邦最高裁判所は、Hardison事件で支持された法的根拠の再審査を求めるGroffの申し立てを認めました。
連邦最高裁は、最終的に、「雇用主は、従業員に配慮を提供することによる負担が、その特定の事業を遂行する上で、実質的なコストが増加することにつながることを示さなければならない」と判示しました。また連邦最高裁は、裁判所が、「その事件で論点となっている特定の配慮、および雇用主の性質・規模・運営コストに照らしたその配慮の実際的影響を含む、その事件におけるすべての関連要因を審査することができる」とも述べました。さらに、これまでのEEOCガイダンスでは、雇用主が過度の負担を証明する際に、管理費、または割増賃金の不定期もしくは一時的な支払いに言及することを禁じていたため、かかる証明基準は「最小限度」よりも高いことが示唆されていると指摘しました。
それ以外には、裁判所は、実質的な負担やコストがどのようなものであるかについて見識を示していないため、この種の訴訟事件では不確実性が高まることとなりました。したがって、多くの雇用法専門弁護士は、宗教的配慮に関する訴訟事件では、ケースバイケースの判断が必要となるだろうと推測しています。
雇用主が念頭に置くべきこと
本事件の判決により、雇用主は、宗教的配慮の要請を拒否する場合は、要請を承諾することが、業務上、過度または不当なコストを要することとなることを証明しなければならず、また、他の従業員への影響を理由として拒否する場合は、それが事業活動の遂行に与える実質的な影響も証明できなければなりません。他の従業員への影響を考慮にいれて検討すると、勤務スケジュールの変更、安息日(Sabbath)の順守または祈りの時間の確保(prayer breaks)などの要請に影響が出るかもしれません。他の従業員への影響が事業活動に影響を及ぼしうる例としては、前述の配慮をすることにより、他の従業員にとって健康上または安全面でリスクが生じ得る場合が挙げられます。
雇用主は、従業員から宗教的要請があるたびに、包括的な分析を行い、かかる要請を承諾した場合、業務上どのような影響が生じ得るのか慎重に検討する必要があります。そしてそのような分析結果は書面に記録し、後に異議を申し立てられた場合には、証拠書類により裏付けできるようにしておくことを強くお勧めします。
さらに雇用主は、宗教的配慮の要請が提出された場合に備え、それを検討し、判断する過程に関与する従業員(人事担当者や、スーパーバイザー、人材採用担当者など)を対象に、この新たに厳格化した基準だけでなく、自身のビジネスでそれをどのように適用するのが最適かについて教育することを検討すべきです。
本件に関して何かご質問がある場合、または貴社の宗教的配慮の要請に関する指針や慣行についてアドバイスを望まれる場合は、ノーリーン・アムジャッド弁護士(Naureen Amjad)、ケヴィン・ボアザン弁護士(Kevin S. Borozan)、または雇用/労働法/福利厚生部門のメンバーまでお問い合わせください。
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